教育とはなんだろうか。後片付けができない大人たち。

精神&人生論

どうもっ!ぽんたまんです。

ぽんたは今、兵庫県養父市というところのペンションに働きに来ています。

ここのペンションでは小学生の自然教室に使われていて、毎日にぎやかです。

食事の準備やら館内の掃除などをメインに行なっています。

そんな中ひとつだけ気がついた点があるのです。

小学生が昼間外に出ている間に掃除をするのですが、もちろん小学生が寝泊まりしている部屋の掃除もします。

そして、同じ階で寝ている先生の部屋も掃除します。

なぜだろう。。。

教育者であるはずの先生方の方が布団が汚い。

小学生は先生の指導によって布団の整理整頓をさせられているはずです。なので綺麗なのは頷けます。

しかし、「綺麗にしなさい」と注意喚起している先生の方が汚いのです。

教育ってなんだろう?

そんなことを考えてしまった話です。

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小学生の時、多くの大人たちからさまざまな教育を受ける

ぽんたまんがここで言いたいのは国語とか算数とかそういう教育ではなく、道徳とか人間として生きていくために必要な考えのことを言いたいのです。

多くの大人とは、まず1番に親がいます。親は生まれた時からさまざまな教育をしてくれる最も影響される人物です。例えば、箸の持ち方や椅子の座り方、歯磨きだって、靴の履き方だって全部親が教えてくれますよね。

第2に影響されるのはおそらく先生でしょう。先生からも大きな影響を受けます。特に小学生は初めての集団行動というものを学ぶ場です。集団で生活する上で必要な知識を教えてくれるのが先生です。

影響される大人は他に、おばあちゃんやおじいちゃん、近所のおじさんやおばさん、警察官もそうですし、友達の親も教育する大人になると思います。

多くの大人たちそれぞれが違うことを違う考えで教育しているというのが道徳などの教育です。

注意してきた人が同じことしていると信用できない

会社の上司も完璧にできない仕事を部下に完璧を求めて振ってくることがあります。

「〇〇先輩やり方わからないからっておれに仕事振りやがったぞ。」

これってぽんたまん的にはめっちゃダサいと思いますし、仕事できない先輩だなって思ってしまいます。このような時って少し信用を落とすことになりますよね。

子供の教育も近いものがあるのではないでしょうか。

「ご飯せっかく作ってくれたんだぞ。残さず食べなさい。」

「朝起きたら布団は綺麗にして整理整頓しなさい。」

先生のを見てみると、ご飯を平気で残してくる。布団はぐちゃぐちゃ。机の上には袋だけ残ったお菓子。

ご飯残してお菓子とはね。。。「親が子どもに注意することランキングトップ10」に入ることですよね。

「教育者が何してるだ!」

とか言いたい訳ではないです。

ただただ、信用できない。自分が子どもの立場なら「こんな人から教育を受けているのかぁ。じゃあやらなくて良いかな。」って思ってしまうかもしれません。

先生に言いたいのは、「たまたま子どもが見てなくてよかったねー。子どもが見たらなんだかんだ言われるよー。」というのこと。

結局教育なんて忘れる

しかし、教育者の立場で手本になっていないのは少し残念でした。布団がぐちゃぐちゃになっているのを見た時、鍋に具材が残っていた時。

こんな教育者も元々はちゃんとした教育を受けてきて、子どもに正しくすくすくと育ってほしいという思いから先生という道を選んだはずです。

そんな教育者も子どもの頃に教わったことなんて忘れてしまうのでしょうか。大人だから別にいいだろって思っているのでしょうか。

最後に残るのは自分ルールという都合の良い考え

ぽんたまんも小学生の頃は集団の行動がとても苦手でよく怒られていました。大人になった今でも集団でつるんだりすることはほぼありません。

そして、会社(社会)というものにうまく適応できていないのも事実です。

もし、あの時に集団で行動できるようになっていたら、今もうまく適応できたのかなって思ってしまいます。これは先生のせいではなく、自分がそのような教育から逃げたからで間違いありません。今となっては「集団には所属しなくて良い」という自分ルールを確立しています。

先生という立場でも、大人になるとご飯は全部食べなくて良いという自分ルールを適応させ始めます。

「布団はぐちゃぐちゃでおっけー。でも子どもにはぐちゃぐちゃじゃダメだよって教えないと!」これは都合が良いだけでは?

子どもたちから見て、正しい教育者ってなんだろう。

そもそも教育のあり方ってなんだ?

別に教育するだけなのだから、先生本人のことは関係ないということも言える。だから特に難しい。

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